『孟子』現代語訳:梁恵王篇上(11)無恆產無恆心

孟子「恒産無くして恒心無し。」

要約:孟子の言う仁政は無理だ、とキッパリ言う宣王。ただし天下は取りたいので策を教えてくれ、と言います。対する孟子は、天下取りの基本は領民の生活を安定させることから、と説き、遠回しに、やはり仁義を宣伝するのでした。

孟子・原文

王曰:「吾惛、不能進於是矣。願夫子輔吾志、明以教我。我雖不敏、請嘗試之。」
曰:「無恆產而有恆心者、惟士為能。若民、則無恆產、因無恆心。苟無恆心、放辟、邪侈、無不為已。及陷於罪、然後從而刑之、是罔民也。焉有仁人在位、罔民而可為也?是故明君制民之產、必使仰足以事父母、俯足以畜妻子、樂歲終身飽、凶年免於死亡。然後驅而之善、故民之從之也輕。今也制民之產、仰不足以事父母、俯不足以畜妻子、樂歲終身苦、凶年不免於死亡。此惟救死而恐不贍、奚暇治禮義哉?王欲行之、則盍反其本矣。五畝之宅、樹之以桑、五十者可以衣帛矣。雞豚狗彘之畜、無失其時、七十者可以食肉矣。百畝之田、勿奪其時、八口之家可以無飢矣。謹庠序之教、申之以孝悌之義、頒白者不負戴於道路矣。老者衣帛食肉、黎民不飢不寒、然而不王者、未之有也。」

孟子・書き下し

王曰く、「吾惛くして、是於進む能わ不る矣。願わくば夫子吾が志を輔け、明以て我を教えよ。我敏から不と雖も、請うらくは之を嘗し試みん」 と。

曰く、「恆產無くし而恆心有る者は、惟だ士のみ能く為す。民の若きは、則ち恆產無くんば、因りて恆心無し。苟し恆心無からば、辟を放ち邪に侈ること、為さ不る無きのみ。罪於陷るに及びて、然る後從り而之を刑するは、是れ民をなみする也。焉ぞ仁人位に在る有りて、民を罔し而おさむ可き也。

是の故に、明君民之もとでととのえるに、必ず仰いでは父母に事うるを以て足り、俯きては妻子を畜うを以て足り、樂歲には終身飽き、凶年にも死亡於免かれ、然る後に驅り而善に之か使む。故に民之之に從う也輕し。

今也民之產を制るに、仰いでは父母に事うるを以て足ら不、俯いては妻子を畜うを以て足ら不、樂歲にも終身苦しみ、凶年には死亡於免かれ不。此れ惟だ死を救い而贍り不るを恐る。奚ぞ禮義を治むる暇あらん哉。

王之を行うを欲さば、則ち盍ぞ其の本に反り矣らざる。五畝之宅、之に樹えるに桑を以いば、五十の者帛を衣るを以いる可き矣。雞豚狗彘之畜い、其の時を失う無からば、七十の者肉を食らうを以いる可き矣。

百畝之田、其の時を奪う勿らば、八口之家、飢うる無きを以いる可き矣。庠序之教えを謹み、之を申すに孝悌之義を以い、頒白の者、道路於負い戴せ不る矣。老者は帛を衣肉を食い、黎民は飢え不寒え不、然し而王たら不者は、未だ之れ有らざる也」と。

孟子・現代語訳

宣王「ワシは出来がよろしくないのでな、そなたが申すような仁政は行えぬ。じゃが先生にはどうかワシの願いを叶えるため、ワシを助けて隠し立て無く教えて頂きたい。何でもハイハイと聞くわけには行かぬが、授かる策を試してみたいのじゃ。」

孟子「十分な財産無しで、動揺しない心を保てるのは、身分のある者に限られます。庶民なら十分な財産無しに、不動心は保てません。不動心が無いなら、好き勝手によこしまを働き、悪だくみしては驕り高ぶり、やらない悪事はありません。だからといって悪事を働いたあとで処罰するのは、民をいたぶるというものです。仁者が君主の地位にありながら、民をいたぶっていいわけがありません。

だから名君は民の生活基盤を整えるに当たって、必ず父母をいたわるに足り、妻子を養うに足り、豊作が続けば生涯食いはぐれず、凶作の年にも飢え死にを免れるようにしてやってから、民を善へと導くのです。だからこそ、民もその政治に従いやすいのです。

ところが現在、民の生活基盤を整えるといっても、父母をいたわるに十分でなく、妻子を養うに十分でなく、豊作なのに生涯苦しみ、凶作が来れば飢え死にを免れません。だから民は、死にたくは無いが、そのための元手が不十分な事におびえています。どうして礼儀や正義を学ぶ暇がありましょうか。

王様が民の生活基盤を整えてやりたいと思うなら、この基本に戻って行うほかはありません。一軒の農家が桑を植えれば、五十の者に絹を着せてやれます。家畜の世話に時期を取り逃すことが無ければ、七十の者に肉を食わせてやれます。

耕作を共にする農家組合の時間を奪わなければ、一家八人が飢えなくて済みます。学校での教えを守り、道徳教育で孝行や年下らしい態度を躾ければ、白髪の交じった者が、思い物を担いで道を行く必要はありません。老人は絹を着、肉を食べて、農民が飢えず凍えずにいるのに、上に立つ君主が天下の王者で無かったことは、今まであったためしがないのです。」

孟子・訳注

惛:おろか。くらい。

侈:おごる。

樂歲:豊作の年。豊年。《対語》凶歳。

終身:生涯。

贍:足す。足りる。

五畝之宅:一辺300m四方の土地を持つ、標準的な農家。『孟子』本篇3の訳注も参照。百畝之田・八口之家も同様。

申:のばす。まっすぐに引きのばす。曲がりをためてまっすぐにする。《同義語》⇒伸。

孟子・付記

発想の転換を促した宣王に対し、孟子は既に提示した話の焼き直しで応じた。政策に関して、孟子の持ち駒の少なさを思うべきか、または孟子の思い込みの強さを思うべきか。それは読者に任されている。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

関連記事(一部広告含む)